音と癒しと自分らしさ

<ヒーリングスペース音楽の館・別館>  

諸行無常

今日は11/3文化の日

この日は晴れるって知ってましたか?

この日の本来の意味は、明治天皇のお誕生日だったのです。

 

では11/23は、何の日でしょうか?

この日は新嘗祭(にいなめさい)と言って、天皇陛下がその年の新五穀を天神地祇にお勧めし、自らも食してその年の収穫を感謝する宮中行事なのです。

(聞くところによると、とてもハードな儀式とのことです)

本来、天皇陛下が新米を召し上がった翌日から新米を食べるのが風習であったようです。

戦後、祭日はいろんな形で本来の意味を隠してしまってます。

でもそのうち復活するかも知れません。

 

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心の琴線に触れるキーワードを思い出すたびに、急に悲しくなってしまいます。

でも、ひと泣きするとスッキリして、何事もなかったように過ごすことが出来ます。

 

昨日は、Trinityのトップページにブッダの記事があり、ブッダのことをいろいろ調べていました。

 

祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり」

これは、平家物語の冒頭部分ですね。

「すべてのことは、常に移り変わる」というのが「諸行無常」です。

 この「生じ、滅すること」=「うつろいゆくこと」=「変化」に対しての私たちの拒否感は結構すごい。

それが今の自分にとって素晴らしいものであればあるほど、「このしあわせが永遠に続きますように……」という執着が生まれる。
無明を自覚し、諸行無常を理解し、「そうあり続けたい」「あり続けて欲しい」という常住への執着を手放すこと。 

http://www.el-aura.com/nozakimiho20171010/?mode=allより引用

 

「生じ、滅すること」=「うつろいゆくこと」

この表現、とても好きです。

 

そして数日前から「苦をどのように受け入れるか」を考えています

 「こんなに苦労したんだからきっといつかしあわせになるはず」とか、

「これだけストイックに苦行をしているんだから、自分はきっと解脱(げ

だつ)できる!」とか、「苦しみの先にきっと成功がある!」とか。

これまさに執着から貪欲へのコース。

苦行は何も修行僧に限ったことではなく、普段の生活において苦しみを抱

き続けるままにいることも、苦行のひとつであるといえます。

 

すべてのものの実相というのは、原因である因と、条件である縁とが作用

しあって現象として現れるもので、それらは関係性の中で生起し、消滅す

ることを繰り返しているということを諸行無常といい、この『因縁

(いんねん)=諸行無常(しょぎょうむじょう)』という真理を知ろうと

しない、受け取ろうとしない心の闇を『無明(むみょう)』といい、それ

が苦しみの始まりなのだとブッダは説きます。

自分が無明であるかどうか、もしくはその人が無明であるかどうかの見分

け方は、登場人物、場面、シチュエーションが違えども、毎回毎回おんな

じ課題で悩み、苦しんでいるとしたら、無明であることを選択し続けているということです。

http://www.el-aura.com/nozakimiho20171010/?mode=allより引用

 

でもね、気づきたくても気づけないものは、タイミングが違うと思っています。

一概には言えないけど、

しばらく研究してみようと思います。

 

「苦」は、どこかで手放すものだし、

「感情をジャッジせず、中立でいること」は、

やっぱり大切だと思う。

「無心でいること」の大切さとでもいうのかな・・・

今の私は、「何も考えず、存在するだけ」=「願いが叶う」

を検証している最中のようです。

即ち、「スピリットの力を信じなさい」ってことですね。

 

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今日の一枚(パス・オブ・ザ・ソウルオラクルカード)

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内なる感情を解放しましょう あなたが主役となる時です

 

願いは叶う