Jazzと癒しと自分らしさ

<Jazz屋の主人の独り言>  

コンサル1回目~表現する自由~

寒くなりましたね。

東京は雨が降っています。

今日も訪問、ありがとうございます。

今日は少し長いですよ(^_^)/

 

ユカリーヌさんの電話コンサル1回目でした。

かなり長時間お話しさせていただきました。

もー、印象全然違って、

カワイイ高い声で、ストレートに穏やかで、

でも発想のポケットをたくさん持ってらして、

文字から受ける印象とは全然違ってました。

 

いろんなキーワードがあって、

どれからお話ししようか迷っていますが、

「えらい先生にならなくていい」

「アホになる」

「可愛がられる」

「今の自分を音で表現する~即興」

「自愛と自立」

「表現力」

「拗ねてる自分」

いろいろありました。

何回かに分けて書いていこうかなと思います。

今日は、「今の自分を音で表現する」について。

 

これは、拗ねている自分にも関係しているのですが、

自分の想いがちゃんと伝わらないもどかしさから来ていますよね。

じゃあ、何でもいいから自分の想いを表現できる手段を創ればいい、

私の場合は「音」だから、

ピアノの音や、歌で表してみよう!ということになったのです。

 

そこで思い出したのが「のだめカンタービレ」と「不機嫌なモノノケ庵」(アニメ)

四月は君の嘘」にもそんな場面がありました。

のだめの「おなら体操」とか、自由でいいなあ~って思うのですが、

私も、楽譜の呪縛から解き放たれない者の一人なのです。

何をどう弾いたらいい?どう歌ったらいいのか分からない、

どんな音を出せばいいのか分からない、

思った音が出ないと、

「ほら、こんなこと出来ないよ(>_<)」って、

すぐに諦めてしまう。

「ちゃんと出来ないとダメ」

というレッテルを貼ってしまってます。

 

のだめのセリフに

「自由にピアノを弾いて何が悪いのですか!」

という言葉があります。

私も、ずっと思ってた

「自由に生きて何が悪い! 好きにピアノを弾いて何が悪い!

歌いたいように歌って何が悪い!!!」と。

 

小さい頃から、形から入ることを覚えてしまい、

それをやらないと叱られる、そんなレッスンを受けて育った私。

いつの間にか、先生の言うことが全然面白くなくなってた。

音楽は、いつの間にか「音が苦」になっていました。

歌うことも、弾くことも。

 

私には音で表現することが愉しかった。

歌うことが大好きだった。

音は、いつでも私をキラキラの空気感にしてくれる。

とても幸せ沢山の気分にしてくれる。

優しくて、お茶目で、いたずらっ子で、甘えん坊で、

子犬みたいにくすぐったくて、

まるで魔法の杖のよう。

 

それがいつの間にか、悪魔のささやきしか聞こえなくなっていた。

「そんな音を出してヘタクソ!

そんな声じゃダメだ!

一体、どんな練習してるの?」etc…

苦しいことばかり。

歌えば、喉がかれてしまって長時間歌えない、

ピアノはミスタッチだらけ。

きっと、私なりの反抗だったのでしょうね・・・

「わたしをいじめるな!!」って。

 

大切なのは、「歌いたいという気持ち」

「弾きたいという気持ち」「表現したいという気持ち」

だからステージに立ち続けた、悪魔のささやきと戦いながら。

でも、集客は出来なかった。

「私のうた、愉しくないよね」って心の中で想っていたから。

どんなに精魂込めて歌と向き合っていても、

ここをぶち壊す勇気も方法もなかった。

唯一、私のうたを認めてくれたのが相方だった。

「貴方は歌っていいんだよ。それでお金をもらっていいんだよ」って。

初めて「自分が自分でいてもいいんだ」って思えた。

 

家族は、私の演奏には興味がなかった。

赤ちゃんの頃から子供たちを本番に連れて行ったが、

極論ゲームをして遊んでいることも多かった。

最近、ようやくコメントを言うようになった。

次女からは、私が歌い手であってほしいと言われた。

 

きっと、私が苦しそうに演奏していたのでしょうね・・・

演奏に没頭すると、次から次へとアイデアが降りてくる。

でもきっと恐怖感で一杯だった、

お客様には、そう聞こえていたのかもしれない。

相方に出逢って、

「私のうたで、心が癒されるとうれしいな」

と思えるようになった。

きっと、本当の意味での「私のやるべきこと」が

出来てきたのかなって思っていました。

 

でもそれって、既存のものではなく、

一からすべて自分で創り上げることを必要としていた、

全ての枠を取っ払った先に、その答えがあるのかなって思いました。

 

今日、ユカリーヌさんとお話ししていて、

そんなことを想いました。

教えることも、演奏することも、書くことも、恋愛することも、

きっと型通りではなく、

枠のない、全てが自由で、爆発的で、

それでいて安心感と居心地の良さがある、

そんな私を提供出来るのかなって思いました。

 

まずは、

「自分が喜ぶ演奏をする」

「どんな音でも、まずは表現してみる」からかな。

 

今の気持ちを曲で表現すると、

モーツアルトのディベルティメントかな・・・


モーツァルト:ディヴェルティメント K.136/小澤・サイトウキネンオケ(1987ベルリン公演ライヴ )

 

モーツァルトのユーモアと、胸が締め付けられる思いと、快活さ。

なんでもありあり、それでいてシンプル。

だからモーツァルトが好きなのかな・・・

 

ユカリーヌさん、

最後私のスマホの電源が落ちて終わってしまいましたが、

とてもワクワクしました。

子宮の当たりがポカポカしてました。今もです。

「枠からはみ出る私、枠のない私」を邁進していきたいと思います!

ありがとうございました。

Facebookにあった

「適職と天職、使命感と使命の違い」

適職と天職が同じになるといいな。

 

今日の一枚(グッドタロットオラクルカード)

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大アルカナの10 運命の輪

沢山の意味のある偶然の一致を、厳かな気持ちで経験しています